Makun考察

哲学や教養についての基礎的な物事と社会一般に応用できる実践的な物事に対する考察ブログ

【べた褒めアフィ記事に注意!】TechAcademyがクソすぎた。(リアルなレビュー記事書きます)

どうも、makunです。

今回は、プログラミングスクールのTechAcademyを受けての感想を述べたいと思います。記事投稿の目的は、プログラミング教育サービス市場における情報の非対称性を解消するためです。

 

結論から言うとTechAcademyのサービス品質は非常に低いと言わざるを得ませんでした。

 

TechAcademyのプログラミングサービスの品質が非常に低い根拠は以下の3つです。

テキスト内容が不親切(理解のためのイラスト、概念図が非常に少なく、10年以上前のプログラミング教科書の様だった。単元をググって調べた方がましな水準)また、進度に対して、演習が少なすぎるため、実力になりにくい(Progateの10分の1程度)

②(これは運要素かもしれませんが)メンターの質が低い。反応速度が非常に遅い+他の利用者と課題ソースコードを混同するなど、対応が雑だった。

多くのサービスを同時に利用する必要があり、手間が多い。コミュニケーションツールとしてのSLACK、TechAcademyのテキストが乗っているTechAcademy自体、ソースコードの記述に利用しなければならないAWSなどタブを行ったり来たりする必要があります。Progateだと一つのタブ内で、テキスト(スライド)の閲覧及びソースコードの記述が出来たため、この手間が気になりました。


ちなみに、私が受講したのは30万円のコースでしたが、上記のサービス品質を知った上で支払える金額の上限価格(留保価格といいます)でいえば6,500円程度の価値のものでした。単純な損益でいえば実に29万円のマイナスですね。。。

TechAcademyを受ける前に活用していた、基本無料のProgateの品質が良すぎたのかもしれませんが・・・。

 

あと、TechAcademyをべた褒めしているブログ記事には要注意です。べた褒めしている記事の大体がTechAcademyへのリンクをペタペタと貼りまくってるアフィ記事です。Chromeであれば、そのリンクの上にカーソルを持っていくと左下辺りにリンク先が表示されるかと思いますが、それらはすべて、a8.net等のアフィリエイトリンク(そのリンクからTechAcademyに申込するとブログ運営者に金が入る仕組み)でした。アフィ広告にお金をかけるなら品質を上げてほしいですね。これらの記事は広告収入目的のエアプ記事である蓋然性が高いので注意が必要です。

 

それでは、どこのプログラミング・スクールが良いといえるのか?個人的には無料で始められるProgateがおすすめですね。プロゲートはメンターこそいませんが、メンターが必要でないくらい概念図・イラスト付きの優しいスライド+同じサイトでできる演習があるのからです。また、課金したとしても月額1000円未満なので、コストパフォーマンス性でも圧倒的に高いですね。Tech::Campについては分かりません、、、調べてみてください。ただし、エアプアフィ記事には注意ですよw

 

 

理解とひらめきは「新結合」で生じるという仮説

人間の高次の知能活動として挙げられる物事の「理解」と「ひらめき」。この「理解」および「ひらめき」のメカニズムとして、「新結合」理論を考えてみます。また、新結合とは、複数の神経細胞シナプスからなる系に保存された情報同士が新しく結合を果たすこととして定義します。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターの言葉を借りました。

 

【理解】

仮説u:理解とは、「処理中の新情報」と「既知記憶」が結合することである

 

例えば、読書などをしている時、本にある言語情報は人間の目から脳幹・後頭葉を通って伝達・処理されます。このプロセス中で生じる文書理解は、感覚器官から伝達された「新情報」と脳の側頭葉に保存されている「記憶」が結合を起こすことにより生じるものであると考えられます。これが「理解の新結合」です。

 

 

【創造・ひらめき】

仮説i:ひらめきは記憶同士の新結合または新情報と記憶の新結合によって生じる。

 

例えば、ペガサスという概念があります。そして、ペガサスは地球上に存在しない架空の動物なので、「ひらめき」によって生じた概念であるといえます。また、ペガサスは「羽」と「馬」と「飛ぶという性質」が結合したものであるといえます。脳のメカニズムから考えると、ペガサスを最初に考え出した人の脳内で意味記憶として脳に保存されていた「羽」「馬」「飛ぶという性質」の概念が結合することによって複合概念として「ペガサス」が産まれたということになります。

 

他にも、アーティストが創るアイデアやビジネスモデルなどにも「新結合」を垣間見ることができます。例えば、使い捨て刃の髭剃りを開発したジレット社の発明品も「髭剃り」×「使い捨ての何か」から生じたものであると考えられます。

 

【終わり】

以上の様に、理解とひらめきは、脳神経という観点からいう「新結合」によって生じるものであると考えられます。

 

【歯医者の選び方】歯医者は「学歴」と「所属学会」で選べ!偏差値38歯学部の存在からわかること

どうもmakunです。

情報の非対称性の害が最も大きくかつ、未だに需要・供給の情報が非対称な市場の1つとして挙げられるのは「医療サービス市場」ではないでしょうか。

 

中でも歯科医に関していえば、「コンビニより多い」と揶揄されるほど日本にあふれています。当たり前ですが、歯科医のバリューである歯科治療技術、知識、熱意すべてがピンキリです。ピンキリを見抜き、優秀な歯科医・歯科医院を如何に選ぶべきなのでしょうか?本稿ではその仮説を伝えたいと思います。

 

NGな選び方

ステマサイト(Epark歯科)の評価を参考にする。

Betterな選び方

学歴で選ぶ

歯学部に関して言えば、上は東京医科歯科大学(偏差値68)下は鶴見大学(偏差値38)と、医学部に比べて大学への入学難易度に露骨な差があります。学歴で選ぶべき理由は、歯科治療への熱意と頭の良さが学歴に寄与しているからです。

「とりあえず歯医者になって金儲けがしたい」という人は動機が金儲けやモテ、安定だけなので、特に水準の高い歯医者に行くインセンティブが少なく、水準の低い大学に入学する傾向があります。また、巷には、歯「医者」だからといって自動的に歯医者は皆明瞭で高学歴なのだという漠然としたイメージが蔓延しています。しかし、それは誤りで、Fランク歯学部も存在するのです。

所属学会、および資格で選ぶ

所属学会もいろんな学会があり、単に所属しているかどうかではなく、その学会の「認定医」「専門医」の資格をチェックしましょう。

 

「カタカナ語を使いたがる人」という了見の狭いレッテル

カタカナ語を使いたがる奴」というレッテル

コミュニケーション、アブストラクト、ファクト、ロジック、コンセンサスetc...(主に英語圏)から輸入された外来語をそのまま使うこと事に対して「カタカナ語を使いたがる人」というレッテルを貼り批判する人がいる。おまけに、短絡的な思考しかできない一部の人は「カタカナ語を使う=知性的に見せようとしている」と一般化して判断してしまっている人もいます。

しかし、カタカナ語を使う事は、必ずしも知性的に見せようとしているわけではありません、口語コミュニケーションにおいてカタカナ語の使用はメリットがあり、無条件に批判するべきではないのです。

というのは、日本語(漢語)を使うよりも、カタカナ語を使う方が「同音異義語の存在による誤解」を回避しやすいことです。

表意文字表音文字という言語的差異

外来語の単語がアルファベットを用いた表音文字である一方で、日本語(漢語)は表意文字です。また、表音文字表意文字は、文字に起こさない限り意味を取りにくいのです。したがって、表音文字で構成されたカタカナ語の方が、口語コミュニケーションにおいては優位なのです。

 

例えば、「使うとよく非難される言葉」として”コンセンサス”があります。コンセンサスとは日本語で言う「総意」を意味する言葉でありますが、「ソウイ」と口語で言われても、相違、創意、相違、相異など「ソウイ」の音に該当する日本語は無数にあるため誤解の余地(=解釈可能性の幅)があります。(もちろん文脈によって【ある程度は】どの語が該当するか推測可)

しかし、「コンセンサス」という表音が示す語句は英語のConsensus1つしかありません。したがって、解釈可能性はConsensus概念のコンセンサスに絞られ、口語コミュニケーションにおける誤解の回避や、誤解には至らないまでも、「ソウイ」の時の様にどの語に該当するのかについて脳を使うエネルギーの節約になります。

レッテル貼りはやめよう

カタカナ語を使う⇒コンプレックスの裏返しの様に決めつけてしまう人は了見が狭すぎます。自分の思いこみを一般化するのではなく、視野を広く持って考えましょう。また、「自分が分からない言葉」を使われたときに、プライドを守るために相手の言葉選びを非難する人がいますが、素直に聞きましょう。聞くは一時の恥、聞かぬは一時の恥です。

必ずしも、思考は言葉(記号)に制約されない

思考は必ずしも言葉(記号)に制約されない

私はそう主張したいわけです。

 

通常、人間の思考は言語によって行われていると考えられます。

ソシュール言語学でいう、シニフィアンシニフィエはセットで、そのハッピーセットが思考を形造っているという風にしばしば信じられています。

 

概念の入れ物としての思考が無くても、私は思考をすることができます。

概念を言葉を介さずに捉え、その概念を使って命題(判断内容)を創り、命題を使って演繹するという論理的思考ができます。これにはロゴス(言葉)がないので論理的(ロジカル)思考ということができます。

 

言葉無しに思考はできないと言い張っていた人がいたので記事にしました。

構造化と体系化の違い

構造化と体系化の違い

構造(Structure)とは、複数の要素の集まりです。

体系(System)とは、その名の通りシステムのことで、要素が複数集まり、且つ相互作用の結果として1つの機能的な全体を作り上げているものです。例として人間の身体があります。

 

概念としては、構造が体系を包含しています。

体系は構造ですが、構造は体系とは限りません。

 

また、体系はSystemの翻訳語ですが、Systemは系、組織などとも訳されます。なので基となる概念は一緒です。

 

結論、構造と体系の違いは、体系が構造+機能的な全体を作り上げていることです。

批判的思考と否定的思考の混同

要約:

批判的思考と否定的思考は違う

 

批判的思考(Critical Thinking)は肯定が前提。

「肯定が前提」とは、相手の発言の主張点(命題)が真であるためには、どのような前提が必要か?を考え照らし合わせる姿勢が前提にあるということ。もちろん、YesManであることではない。

 

否定的思考とは、相手の主張をどうやって否定しようか結論ありきで考える思考

結論ありきであるため、否定的思考の人は、相手の意見を曲解したり都合のいいように解釈したりと、視野が狭くなりやすく、頓珍漢な反駁・詰めの質問をしてしまう傾向にある。