Makun考察

哲学や教養についての基礎的な物事と社会一般に応用できる実践的な物事に対する考察ブログ

思考は必ずしも言葉(記号)に制約されない

思考は必ずしも言葉(記号)に制約されない

私はそう主張したいわけです。

 

通常、人間の思考は言語によって行われていると考えられます。

ソシュール言語学でいう、シニフィアンシニフィエはセットで、そのハッピーセットが思考を形造っているという風にしばしば信じられています。

 

概念の入れ物としての思考が無くても、私は思考をすることができます。

概念を言葉を介さずに捉え、その概念を使って命題(判断内容)を創り、命題を使って演繹するという論理的思考ができます。これにはロゴス(言葉)がないので論理的(ロジカル)思考ということができます。

 

言葉無しに思考はできないと言い張っていた人がいたので記事にしました。

構造化と体系化の違い

構造化と体系化の違い

構造(Structure)とは、複数の要素の集まりです。

体系(System)とは、その名の通りシステムのことで、要素が複数集まり、且つ相互作用の結果として1つの機能的な全体を作り上げているものです。例として人間の身体があります。

 

概念としては、構造が体系を包含しています。

体系は構造ですが、構造は体系とは限りません。

 

また、体系はSystemの翻訳語ですが、Systemは系、組織などとも訳されます。なので基となる概念は一緒です。

 

結論、構造と体系の違いは、体系が構造+機能的な全体を作り上げていることです。

批判的思考と否定的思考の混同

要約:

批判的思考と否定的思考は違う

 

批判的思考(Critical Thinking)は肯定が前提。

「肯定が前提」とは、相手の発言の主張点(命題)が真であるためには、どのような前提が必要か?を考え照らし合わせる姿勢が前提にあるということ。もちろん、YesManであることではない。

 

否定的思考とは、相手の主張をどうやって否定しようか結論ありきで考える思考

結論ありきであるため、否定的思考の人は、相手の意見を曲解したり都合のいいように解釈したりと、視野が狭くなりやすく、頓珍漢な反駁・詰めの質問をしてしまう傾向にある。

 

相手の教養水準を高く期待しすぎて「難しい言葉」を使ってしまう人

こんにちはmakunです

言葉遣いについてです。

 

しばしば、頭の悪い人が「分かり易く説明してくれる人が頭のいい人だ」「難しい言葉を使う人は知的ぶってるだけ」と主張することがあります。

もちろん、本質的に「難しい」言葉というものはありません。「難しい」は相対語句で普遍的な概念ではありません。個人の尺度に基づいた結果「難しい(知らない)」と判断することがあるだけですね。

 

さて、「難しい言葉」を使ってしまう人はなぜ「難しい言葉」を使ってしまうのでしょうか?

僕の個人的な意見としては相手の教養水準に期待しすぎるからだと思います。

無意識に「このくらい当然分かるだろう」という判断が下されているために、期待された教養水準より低い教養水準の人からしたら「難しい」言葉が使われるのです。

 

必ずしも、「難しい言葉を使う人は知的ぶってるだけ」ではないのです。教養水準の低い人はレッテルを貼るのをやめて、分からなければ素直に言葉の意味を聞きましょう。

 

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥

 

といいますが、経験上、日本人には「聞かぬは一生の恥」を実践に移している人が多いですね。アメリカの人は遠慮なくWhat does it mean?とすぐに聞いてきます。参考にしましょう。

就活の志望動機(企業選びの軸)って結局全て「資本蓄積」に集約されるよね

就活してて思ったこと

 

就活の志望動機(企業選びの軸)って結局全て「資本蓄積」のしやすさで説明つくよなーって思った(もちろん人によるところもあるが)

 

一応定義として、

資本蓄積:資本を蓄積することそのまま

資本:Capital。首(Cap)のように大事なこと

資本の3要素

経済資本:ようは金銭的な価値のあるもの

文化資本:スキル、教養、経験など

社会関係資本:コネ、つながり

 

将来何をやりたいにしても、上記3つの資本はそれぞれ必要だし、逆にそれ以外に動機にするものといったら資本蓄積を加速化されるモチベーションに関わるものかなあって

 

自分が楽しめる仕事、社会貢献(感による自己満足)ができる仕事

これらは資本蓄積という目的の基、就職というキャリアを歩む上で、資本蓄積の効率性に関係する「モチベーション」を高める要素でしかないから、これらも資本蓄積に集約されるのかなって

 

 

おもいまちた

 

分かり切ったことを鼻高々に言ってくる「頓珍漢な反駁」がうぜえ

当たり前にわかってる100も承知なことを鬼の首を取ったかの如く言ってくる奴史ね

 

どうも、ラファエルです

ソクラテスの無知の知とレヴィナスの他者論

他者論と無知の知って同じ事なんかな